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2004.11.20

クリスマス・ツリー

IMG_9246.jpg
クリスマス・ツリーの飾り付けをした。
毎年この時期なのだが、年によって二人で飾り付けが出来る年と出来ない年がある。
今年は二人で飾ることが出来た。
これって男一人でやるとかなりサビシー感じなんだよね。

IMG_9240.jpg

そう言えば今年は家のドアの外側に「リース」を飾るのはやめた。

去年だった。
毎年のようにリビングにはクリスマスツリー、ドアの外にはリースを飾るのがこの時期の我が家の習慣だ。
12月のある週末、インターホンが鳴った。
インターホンで応対すると「xx教会から参りました。聖書のお話を、、、」と女性(お年を召していると思う)の声で言っていた。
我が家ではこの手の訪問販売、新聞の勧誘、寄付の類はいっさい門前払いをすることにしている。いつものように「うちは信者じゃないので」と断った。>もちろん、その場の適当な理由をつけて断る。

その後、女房とその話をしていてハッと気がついたことがあった。
玄関のドアの外にはクリスマス・リースを飾ってあることに。

「うちをキリスト信者だと思って来たのかもね」

二人で寄付を断ったことの罪悪感を味わった。
「もう、来年からはリースを飾るのはやめよう」

今年、リースはうちの玄関にはない。

家の中でツリーを飾るのは、個人の勝手。だけど、家の外に信者でもない人間が、その宗教の印を飾るのはどうなんだろうか?
生まれてきてからはお宮参りに行き、結婚する時には神父の前に跪き、死んだらお坊さんにお経を上げてもらう・・・僕たち日本人はそれを何の疑問も持たずにやっている。
うちは結婚式もカテドラル教会で挙げているし、こうやってクリスマス・ツリーも飾っている。それは個人で楽しむ、一種のファッションと同じ感覚でやっている。宗教はファッションではない。もちろん分かり切ったことだけど、、果たして分かっていたのか??真剣な信者の人たちもいることを頭の中に入れておかないとならないだろうし、それも尊重するべきだろう。

結果として、うちでは人から見える家の外にはそう言う飾りはしないことになった。

「エセ」は「エセ」らしく楽しめばいい。それがせめてもの贖罪なのか?

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コメント

クリスマスはキリスト教の行事、除夜の鐘は仏教の行事、そして新年を祝うのは真教という訳で、どうせ日本人の宗教観はテキトーなんだから、あまり気にする必要はないかと。だからこそ、日本で宗教対立が起きない。良い事です。世界にも学んで欲しい点ですね。ユダヤ教徒が他の宗教儀式を試してみる、なんて世界が滅びても有り得ないですもんね。

投稿: Shimizu | 2004.11.23 02:01

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